フランス・バスク地方のビアリッツは、スペインからフランスに嫁いだウジェニー皇后が愛し、夫のナポレオン3世とともにしばしば滞在した場所として有名です。
ひときわ美しく海辺にたたずむオテル・デュ・パレの前身は、皇帝が妻のために建てた別荘のヴィラ・ウジェニーで、1892年にホテルとカジノに改装され、 長年にわたり、この有名なホテルは、ココ・シャネルやビクトリア女王などの有名人やヨーロッパの王族を迎えてきました。
そんな古くからヨーロッパ中の王侯貴族に愛されたビアリッツは第一次世界大戦中も彼らの避難先として選ばれました。
1914年に開戦し、それまでの戦争と比べ、類をみないほどの戦死者を出した第一次世界大戦。フランス・バスク地方のビアリッツはヨーロッパやロシアの王侯貴族、実業家、芸術家などの疎開先として上流階級の人々がこの地に集まりました。
いよいよ戦争が激化した1915年にガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)も恋人のイギリスの実業家アーサー<ボーイ>・カペル(Arthur Edward ‘Boy’ Capel)とフランス・バスク地方のビアリッツに避難します。
世界が混乱し、死傷者が膨大な数となっていく最中、疎開先のビアリッツは別世界であり、そこにはすべてがありました。大西洋の海、穏やかな気候と瀟洒な別荘、カジノ。毎夜の上流社会のパーティやお茶会。そういったビアリッツでガブリエル・シャネルは初めてクチュールの店をオープンしました。ビアリッツはシャネルにとって転機となった地であり、彼女が成功を手にした地でもあります。